Google翻訳で笑いが取れるのか

Blog in Japanese

 日本のコメディアン、ウーマンラッシュアワー・村本大輔さんがニューヨークでスタンドアップコメディアンを目指すため、数年前に渡米したことを知っていたが、たまたま、村本さんが一時日本の規制したときの、インタビューを見つけ、その内容に唖然とした。

※以下、自身の専門である社会言語学的なアプローチで説明したいのだが、いまは思いつくまま打鍵しているだけなので、それが全くできていない。初稿だと思って読んでほしい。

ウーマンラッシュアワー村本大輔が本気の“アメリカ修行”で得た変化とは?(FANY Magazine)

質問:
 アメリカでは、どんな暮らしをしているんですか?

村本さん:
 僕はアパートにカーテンをつけていないのですが、ニューヨークは日差しが強いので、朝8時ごろに自然と目が覚めるんです。そして起きたら、まずはカフェに行って日本語でネタを書き、それをGoogleで英語に翻訳する。そして、そのネタをぶつぶつ独り言のように練習して、丸暗記をして劇場で試す。そんな生活を10カ月間やっています。

 Google翻訳による英語で、ニューヨークでスタンドアップコメディをやって、ウケを取れるのだろうか。”笑われる”ことは多々あっても、笑いを取るのは相当難しいのではないだろうか。

 日本で言えば、落語、講談、アメリカで言えばスタンドアップコメディなど一名による舞台喜劇にプロとして従事している人は、言葉の専門家と言える。江戸前の落語なら、日本語、特に江戸時代の商人文化が濃縮された江戸弁に精通した上で、その言葉で笑いを取らなければならない。言語というのは、その発話者の国や地域の文化や慣習を濃縮に反映したものだからだ。

 村本さんは、日本語でネタを書いているので、それは日本人の発想で日本人を笑わせることはできるかもしれないが、アメリカ人を笑わせるのは難しいだろう。しかも、Google翻訳の英語を暗記してトークするのであれば、Google翻訳のおかしな翻訳による英語で、アメリカ人を笑わせることはできるかもしれないが、それは拙さ故に”笑われる”だけであり、それは村本さんの本意ではないだろう。

 アメリカ人を笑わせるには、そのカルチャーが濃縮されている英語で着想しながら台本を書くべきで、言葉の問題は、その英語を友人知人のアメリカ人、とりわけ英語先生やコメディアンに直してもらえばいいだけだ。

 それにしても、言語が重要な仕事や学問でGoogle翻訳を使うのは、どだい成功することは難しいのではないだろうか1

 というのは、話は変わるが、自分は第三言語として中国語の読解能力はネイティブに近く、特定の法律分野にに関してはネイティブを上回るレベルと言ってもよい(この頃、全く話してないので発話やリスニング能力などの日常会話能力は下降の一途だが)ので、以前はボランティアとして、中国人留学生による日本語の論文を多く校正した経験がある。
 問題なのは、校正で助けた中国人留学生の大部分は、中国語で論文を書いて、Google翻訳で日本語に直しているもとを、こちらに提供していたのだ。その文章は、そもそも、研究している分野が不勉強なので、母語である中国語で書いた文章構成も論理的に未熟であり、それをGoogle翻訳で日本語に訳すものだから、全く理解ができないことが度々あった2
 こんな中国人留学生は、日本語で論理的思考をすることは不可能であり、研究分野の学問どころか、日本語もままならず卒業してしまう3

 村本さんの話に戻るが、もう一点問題を指定すると「Google翻訳の英語を暗記」という話は、周りに英語やスタンドアップコメディに関するアメリカ人のメンター(経験豊かでアドバイスしていくれる助言者)、少なくとも何かしらアドバイスをしてくれる現地の友達が周囲にいないのではないだろうか。ニューヨーク人の友達がいないのなれば、ニューヨーカーの心の機微は感じることができず、当然として笑いは取れないだろう。これは単純な理屈だ。

 自分は、日本の芸能界には興味がないけど、村本さんの「ニューヨークでスタンドアップコメディアンとして成功」という志はニュースなどで数度目にしたことがあり、それは私にはまねできない、素晴らしいチャレンジ精神だと思っている。この記事を読んでもそう思う。
 しかし、彼が言う「日本語でネタを書き、それをGoogleで英語に翻訳する。そして、そのネタをぶつぶつ独り言のように練習して、丸暗記をして劇場で試す」ということでは、成功は永遠に無理だろう。
 志が如何に立派で高邁なものであってても、その実現に近づくプロセスが論理的かつ持続性可能でなければ、志は単なる妄想的夢で終わってしまうのではないだろうか。特に言葉に絡む問題であれば、その言語的対処方法に問題があれば、敗北していくのは必然であろう。

 とはいえ、村本さんが、少なくともアメリカ人から笑いを取れる手ごたえを感じ、ニューヨークで何かしらの成果を上げながら、生きてほしいと願うばかり。実に素晴らしいチャレンジ精神なんだから。


脚注:

  1. しかしながら、AIの登場とディープランニングの発展によって、機械翻訳の精度が飛躍的に上昇していることは確かだ。10年後、いや、数年たったら、ここに記した自分の考えは、時代遅れになっているだろう ↩︎
  2. だいたいにおいて、このような留学生は向学心が極めて低く、提出期間ギリギリで自分のところにGoogle翻訳で滅茶苦茶な日本語を送ってくるので、拒絶することもできず、結局は、自分が中国語を日本語に訳す、というオーバーワークをする結果になっていた。毎度そればっかりでウンザリし、自分は中国人留学生のための校正ボランティアは金輪際やるまいときっぱり辞めてしまった ↩︎
  3. 日本の大学や大学院の絶対多数は、たとえ超有名私立大学であっても、学士や修士の卒業論文における単位獲得要件は、日本人と外国人とはダブルスタンダードであり、留学生は日本語がそれなりに読解可能で、テーマについての論理構成がある程度成り立っていれば、単位を与えてしまうことがまかり通っている。これでは優秀な留学生を日本に招き、優れた人材として活用する、という日本政府の留学生招致計画とは、真逆の方向に進んでいると言える ↩︎